新事業展開の事例

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取り組み

抗ウイルス・抗菌コーティング/株式会社清華堂 岡本諭志

まもなく創業100年を迎える老舗表具屋・清華堂。4代目岡本社長は斜陽化する表具業の傍ら、とある美術館の蔵のカビ対策がきっかけで生まれた抗ウイルス・抗菌コーティング技術を事業化。
瞬く間にコロナ時代の新たな衛生対策として話題を集め、近鉄電車、日本航空、国立競技場など国内屈指の公共空間の依頼が次々と舞い込むようになります。
表具屋とコーティング、全く異なるようにも思える事業がどうやって世の中に広まったのか、岡本社長にお話しいただきました。


認証による安心の可視化

我々のコーティング事業は、1000年続く表具の知見に基づいた抗菌・防カビ技術に抗ウイルスを加えた衛生対策コーティングサービスです。この事業が始まったのは2020年、ちょうどコロナがダイヤモンドプリンセス号で日本に上陸し始めた頃でした。当時の衛生対策コーティング業界は各社の自主基準があるのみで、マークもなく抗ウイルス加工済みと書いてあるだけ。これではお客さんからしても何をもって抗ウイルスなのか分からないというような状況でした。そこで我々は曖昧な基準ではなく、ISO基準の認証である『SIAA』マークをお墨付きとして衛生対策が見えるようにしました。いち早くマークの認証を取得したことによって“安心を可視化”し、美術修復という専門分野から一般に広げていくことができました。事業デザインをスピード感を持ってできたのは大きかったと思います。

社歴というフリ、事業というオチ

私がおもしろいなと感じるのは、漫才のようにフリとオチがあるもの。良いフリがオチを最大限に活かすという意味で、今「社歴」がすごくおもしろいと感じています。私が生まれる前から会社があり、私よりも会社のことを知っているお客様がいらっしゃる。いわば、皆さんの中に脈々とある清華堂のイメージをフリにして、次はこんなことをすると喜ばれる、役に立つというような事業をオチとして作っていく感覚です。そういうストーリーが立てやすいのは、社歴のある会社ならではだと思います。清華堂の提供価値を“美術品を「飾る・直す・守る」”と再定義しましたが、これにはフリを際立たせるという意味もあります。コーティング事業は、表具屋として代々“大事なものを守る”というフリに対し、コーティングで“菌からも守る”というオチになっている。文脈があることで従業員や協力先も違和感なく受け入れてくれたようです。

スナックで口説き、大ブレイク

全国からコーティング事業のご依頼が来るようになったきっかけは、けっこう泥臭い話になります。2020年2月のコロナ流行の兆しが出始めたタイミングで参加したとあるパーティーでのことです。その会場で乾杯の挨拶をされた方が何かすごく話を聞いてくれそうな素敵な方だったんです。パーティーが終わって会場付属のホテルの部屋に戻り、本を読もうとしたのですが、「何をしに来ているんだ!」と思い直して書を捨て町へ出ました(笑)。

そして、その方を追いかけるとちょうどスナックに入るのが見えたんで、偶然を装って隣に座りました。バカっぽい歌を歌ったりしてるとおもしろがって話しかけてくれて、そこでコーティングの話をしたんです。実はその方は、バス会社の社長さんでした。 「こういった衛生対策の認証マークでお客さんにも安心していただけます。それをぜひ全国で初の交通機関で実現させませんか?」と口説き、実現しました。販路を広げるために知的な戦略があったわけではなく、スナックで口説いたというのがきっかけです。その方にご紹介いただいた近鉄電車さんでも採用になり、次は日本航空さんへとつながっていきました。交通機関は各社横のつながりが強いので、噂が噂を呼びという形で広がっていきました。

「表具屋だからこそ」のコーティング

バスの次が近鉄電車さんで、車両を1968両コーティングしました。作業には1日200人ぐらい必要で、もちろん弊社だけでは人手が足りません。このときいろんな業者さんから一緒に参加させてほしいというお申し出がありましたが、全てお断りしました。私がお声掛けしたのは、弊社OBの皆さんです。我々のネットワークには、お弟子さんとして弊社で修行して家業の表具店に戻られたり、独立されたOBさんがたくさんいます。そのOBさんや抱えておられる職人さん、あとは大阪府内装表具協同組合という表具業界の組合があるんですけど、そちらの方々にも現場に入っていただきました。
これには意図がありまして「本業の時と同じ印象にする」ということを重視しました。我々は美術品を扱う中で、作業の丁寧さをお褒めいただくことがあるのですが、その丁寧な所作こそが清華堂らしさであり、差別化できる価値だと考えています。コーティングってやはり目に見えないものなので、所作や仕事の取り組み方がお客様の満足度に直結するんです。それを維持するには、異業種の方々ではなく何としてでも表具チームで現場に入る必要がありました。結果的には2000両近い車両を1ヵ月半で納品することができました。
次の展開でいえば、全国のコンビニで借りられるモバイルバッテリーにコーティングしたりと、空間から小さな工業製品まで、コーティングできないものはほぼありません。withコロナの時代は衛生対策が付加価値として広がってきているなと実感しております。今はもう『SIAA』認証は衛生対策のスタンダードになってきているので、我々も常に半年先の手を打たないといけない状況ですが、表具で培ってきた所作やノウハウなど追従できないものもあるので、今していることも我々の社歴という次につながるフリになっていけば良いなと思っています。
とはいえ、コーティングが活況だから本業を疎かにしていては意味がありません。お客さんは我々を信頼して美術品を預けてくれるわけですから、そこを損なわないように取り組むことが大切ですし、またそういった姿勢をきちんと伝えていかなければならないと思っています。

新規事業は「時代に応じたアイディアの棚卸し」

新規事業で大切にしているのは「時代に応じてアイディアを棚卸しする」ことです。やりたいことはいっぱいあるんですけど、今って何がハマるか分からないじゃないですか。コーティング事業が本格化する前は、お寺の掛け軸のメンテナンスの様子をそのまま展示する『虫干しミュージアム』というアイディアがありましたが、インバウンドを収入源にしていたので白紙に戻しました。コロナ禍により衛生対策ニーズが高まったので、こっちで行こうと決めたんです。自分の中で100個ぐらいそういうのを持っていて、時流に合わせてアイディアを棚卸ししていくのが、大事だと思っています。

新規事業を始める方へ。「ストーリーは後からついてくる」

新規事業をするとき私を含めた後継者の皆さんは、それが自社らしいかどうかストーリーの部分で腑に落ちてないと前に進みにくかったりすると思います。でも私は今回コロナっていうトリガーがあって、本業がだいぶへこんだ時にコーティング事業を本格化して、「事業が先に世に出て、ストーリーが後からついてくる」という体験をしました。表具とコーティングが“大事なものを守る”という根っこでつながっていたように、マインドや哲学などどこかで必ずつながっていて、振り返るとちゃんと次の社歴となるフリやオチになっていると思います。 だから直接的なものや技術、ノウハウが生かせないような一見関連性のなさそうなものでも、悩んでいるよりはチャレンジした方いいし、本を読むよりは町に出た方がいいですよね(笑)。


おかもと・さとし
1986年生まれ。慶應義塾大学大学院修了。建築会社勤務を経て、2017年、家業の清華堂に入社。2021年、4代目社長に就任。清華堂は、掛軸や屏風、ふすま、障子などの修理や張り替えを行う表具店として、岡本社長の曽祖父が1923年に創業。現在では、伝統的な表具加工のほか、美術工芸品のデジタルアーカイブや保存・展示環境のコンサルティングなども行う。


株式会社清華堂
代表取締役:岡本諭志
創業:1923年3月3日
本社所在地:〒540-0004 大阪市中央区玉造1丁目6-25
TEL:06-6761-7315
事業内容:表具製品(掛軸・屏風・額・襖、等)加工販売、額縁・絵画・書画材料、等の卸小売。および、これらに伴う保管箱など関連商品の加工、ならびに販売。

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